「神の国への招き」森史子牧師

詩編33編12-14節 / マタイによる福音書22章1-14節   2026年6月28日

「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている」マタイ22:2 
主イエスはこのたとえを語る前日に、神殿で商売をしていた商人たちを追い出しておられる。敵意を持った祭司長や律法学者たちは、主イエスを捕らえる機会を待ちながら主イエスの語るたとえや言葉を聞いていたのです。


婚宴の主催者の王は、天の神さまを意味します。王子はキリストです。神はすべての人がイエス・キリストと出会い、神の国の救いを受けることを願い招いておられます。
しかし、招いておいた人々は、家来の呼びかけに無関心で目先の事を優先したのです。
この人達は、イスラエルの指導者や頑なユダヤ人のことです。敬虔を装っているが、中身は世俗的で物質や金銭を優先していたのです。


また、無関心より悪い人達がいました。王に反逆する者たちが、家来に乱暴し殺したのです。彼らは神を畏れることも敬うこともなく、逆に敵対心や憎しみを持っていたのです。
この家来とは誰でしょう。命をかけて神の国と神の言葉を語った人々で、預言者やバプテスマのヨハネ、キリストの弟子たちなどです。現代では、神はクリスチャンを通し、教会を通して、人々を神の国に招待しておられます。


たとえの中で、家来を殺された王は怒り、人殺しを行った者たちを裁かれています。
そして、家来たちに「招いておいた人々は、ふさわしくなかった。だから、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい」と言い、すべての人を新たな招待客としました。
善人も悪人も、金持ちも貧乏人も・・・神は全世界の人々を神の国に招いておられるということです。 国が、民族が、身分が何であろうと、だれでもキリストを信じる信仰によって神の民(神の国の国民)とされます。神の国の祝福です。


しかし、主イエスはたとえの後半で、招かれた人が全て神の国に入れるわけでは無いと、教えておられます。大勢の招待客の中に「礼服を着ていない者が一人いた」のです。彼は王が支給した服を着ないで、自分の好きな格好で出席しました。王の条件に従わず、自分の好き勝手な条件を優先し、神の条件を拒んだのです。神の国に入るには、二つの条件があります。「罪の悔い改め」と「イエス・キリストを罪からの救い主と信じる信仰」です。
「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」(22:14) 
神の国の祝宴に招かれていることを、感謝します。神の国に入るには、自らの罪が解決されなければなりません。 自らの罪を悔い改め、キリストの十字架の贖いを信じる信仰を握って、神の国の祝宴に出席しましょう。

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