「約束の子」 森史子牧師
創世記17章19-21節 / ガラテヤの信徒への手紙4章22節-5章1節 2026年4月19日
「要するに、兄弟たち、わたしたちは、女奴隷の子ではなく、自由な身の女から生まれた子なのです。この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にして下さったのです」(ガラテヤ4:31~5:1)
私たちは、イエス・キリスト信じています。主イエスが私たちに代わって十字架で罪の裁きを受けて下さったことで、私たちは自由になりました。律法によって裁かれることも、律法を恐れる必要もなくなりました。ガラテヤの信徒へ送ったパウロの手紙からも、ガラテヤの人々がパウロから福音を聞いてイエス・キリストを信じたことが分かります。
しかし、当時まだキリスト者は少なく、ガラテヤの教会にも「律法を守れば祝福され、律法に背けば呪われる」と教える偽教師が現れ、信徒たちを惑わしたのです。信徒の中にはイエス・キリストを信じた後も、律法の下にいたいと思う人がいたのです。パウロはその人たちを心配して、今朝の箇所4:22~(二人の女のたとえ)を伝えています。
アブラハムの息子は「イシュマエルとイサク」です。イシュマエルの母親は女奴隷ハガルで、不妊だったアブラハムの妻サラが夫の側女としたのです。しかし、神様は不妊だったサラにイサクを与えました。イサクは、神の「約束の子」です。人間の考えでは、長男のイシュマエルがアブラハムの信仰を受け継ぐ者になるでしょう。ところが神様の計画は、人智を超える壮大な導きでした。人類の救いの計画「救い主:イエス・キリスト」に繋がるアブラハムの子孫に、神様はイサクを選びました。
女奴隷ハガルの子は「肉によって生まれた子」であり律法(シナイ契約)を意味します。自由な女サラの子は「約束によって生まれた子」と呼んでいます。律法と約束。律法は、約束の子孫キリストが来られる時までのものです。(3:19~20)
4:28「ところで、兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です」この兄弟たちとは、ガラテヤの信徒たちのことです。彼らはアブラハムのひとりの子孫であるイエス・キリストを信じているからです。
そして、イエス・キリストを信じる私たちも、女奴隷の子ではなく自由な身の女から生まれた者です。誰でもない主イエスが、私たち一人一人を罪の奴隷から解放して下さった。自由にして下さいました。
「だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度と繋がれてはなりません」 アーメン