「信仰は聞くことから」 森史子牧師

ヨハネによる福音書4章39-42節 / ローマの信徒への手紙10章17節   2026年3月8日

「この方が、私の行ったことをすべて言い当てました」(4:39)  この言葉はサマリアの女性の証言です。シカルの町の多くのサマリア人は、彼女の証言を聞いて主イエスを信じました。何が起きたのでしょう。サマリアの女性は人目を避けてわざわざ炎天下に井戸に行ったのですが、井戸には主イエスが居られたのです。

主イエスとの出会いは、彼女を喜びで満たしました。主イエスは彼女が結婚と離婚を五回繰り返し、現在は別の男性と同棲中であることを告げ、彼女を救いに導かれました。彼女が主イエスに出会いどれほど変えられたのか! 彼女は救いを受けて直ぐに町に向かい、人々に主イエスとの出会いの体験を伝えています(4:28/29)  伝道しているのです。

サマリアの女性の伝道は、自分に起きたこと「何があったのか!」を証言することです。自分が受けた恵みの分かち合いをしています。主イエスに出会った人は、誰でも喜びに満たされます。その喜びを誰かに話したい!聞いてほしい!と思うのは、当然な事です。そして、その後は「その人がキリストに出会い、キリストを受け入れるのを、神さまにゆだねて、祈って待ち望みましょう」 神さまにバトン・タッチして良いのです。

彼女の証を聞いた人は、どうしたでしょう。(4:40~42) 

(4:39b)「イエスを信じた」のです。真実をそのまま語るだけで良いのです。その上で人々は「主イエスから直接聞きたい」と願い、主イエスは2日間滞在された。主イエスは福音の必要なところに、滞在して下さいます。

(4:41)「そして、更に多くの人々が、イエスの言葉を聞いて信じた」最初は、誰かの証を聞いていたが、主イエスご自身の言葉が聞きたいと願うようになるのでしょう。そして主イエスの言葉が、自分の信仰の言葉として自分の内に留まるようになります。自分が主イエスに近づき、主イエスも私に近づいて下さいます。 感謝です。

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