「雲の中に輝く光」 柳澤宗光牧師

出エジプト記24章12-18節 / コリントの信徒への手紙二4章1-6節   2026年3月15日

受難節第4主日を迎えました。レントは、主イエスが十字架へ向かわれる道を、私たちも御言葉によって共に歩む季節です。今朝の御言葉は、出エジプト記24章とⅡコリント4章です。モーセは山に登り、雲の中で主の栄光に触れました。またパウロは、「闇から光が輝き出よ」と命じられた神が、私たちの心の内を照らしてくださると語ります。

出エジプト記では、主はモーセに「山に来て、そこにいなさい」と命じられます。山は雲に覆われ、すぐには何も示されません。六日の間、モーセは待ち、七日目に主は雲の中から呼びかけられました。ここに信仰の現実があります。私たちもまた、すぐに答えが欲しいと思います。しかし神は、ときに私たちを「雲」の中に留め置かれます。しかし、それは主の不在ではありません。雲はむしろ、主の臨在のしるしです。祈りとは、すぐに答えを引き出すことではなく、神の前に身を置き、主の時を待ち、主の呼びかけを聴くことです。

モーセが四十日四十夜山にいたことは、受難節の四十日を思い起こさせます。神は長い時を用いて、私たちの心を整えられます。その中で必要なのは忍耐です。しかし忍耐は単なる我慢ではありません。神が私たちの内に育ててくださる霊の実りです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むと聖書は語ります。

パウロは、「この務めをゆだねられているのですから、落胆しません」と言います。彼もまた多くの困難の中にありました。それでも落胆しなかったのは、自分の力ではなく、神の憐れみによって務めを委ねられていると知っていたからです。私たちもまた、自分を宣べ伝えるのではなく、主イエス・キリストを宣べ伝える者として召されています。

そしてⅡコリント4章6節は、こう語ります。「闇から光が輝き出よ」と命じられた神が、私たちの心を照らしてくださる。神の栄光は、イエス・キリストの御顔に現れています。それは、力や成功の輝きではなく、十字架へ向かわれる愛の輝きです。苦しみを担い、罪人のために祈り、最後まで愛し抜かれた主の御顔に、神の栄光が現れているのです。 今、私たちもまた、雲の下で生きています。不安があり、見通しが立たず、すぐには状況が変わらないこともあります。しかし、その雲の中にも主はおられます。だから私たちは落胆しません。主は、私たちの心の内に光を灯してくださるからです。レントの半ば、十字架への道を歩まれる主を仰ぎつつ、雲の中にあってもなお輝くその光に照らされて、今日も一歩を踏み出しましょう。 

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