「私たちの住まい」 森史子牧師
詩編90編1-12節 / ペトロの手紙二3章8-9節 2026年2月22日
「主よ、あなたは代々にわたしたちの宿るところ」(詩編90:1)作者モーセは最初に偉大なる神に、こう呼びかけています。 「世々とこしえに、あなたは神」詩編90編は、苦難の中でも神を信じ、信頼して祈ったモーセの祈りですが、イスラエルの民はこの祈りを「共同体の祈り」として祈っていたそうです。
私たちの人生にも「どう生きるか!」を考える機会が与えられます。人生の転換期や病気の時などでしょうか?それでも多くの人は「自分の命は自分のもの」だと思っています。「どうせ死ぬのだから・・」と考えて、①先のことなど考えず、今を楽しむ:快楽主義、②人生に期待しない、意味も価値も無い:虚無主義に、陥っていきます。
聖書は①②でも無い第③の生き方を示しています。(90:3~6)あなたの命は、あなたのものでは無い、神に権利がある!そして、人の命は儚く、いずれ死を迎えると教えています。
私たちは、この事実を認めなければなりません。しかし、困難ではありません。自分で自分の寿命を知ることも、延ばすこともできない無力な自分を見れば、一目瞭然です。(90:7~12)モーセは、自分の人生を振り返り「得るところは労苦と災いにすぎない」即ち、「誇れるものは何もない」と言っています。私たちも「神さまに誇れるものは何一つない」と認めます。ではその上で、私たちはどう生きれば良いのでしょうか?
私たちにできるのは、この世のものではなくただ、神さまの恵みにより頼むことです。聖書が導く第3の生き方「神により頼む道」を生きるのです。
そして、そこには、私たちの住まいがあります。(90:1)「主よ、あなたは代々にわたしたちの宿るところ」=「私たちの住まい」(新改訳)とは、神さまです。 神は私たちの<・帰るところ・ホッとするところ・待っていてくれる・迎えてくれる・「おかえり」とハグしてくれるところ> 私たちの住まいは、天にも地にもあります。天国でも教会でも、神さまに希望を持って生きることが宿る・住まうことです。神のもとに帰りましょう。