「祈りの生活」 森 史子牧師
詩編28編6-7節 / エフェソの信徒への手紙6章18-20節 2026年1月11日
信仰生活には、みことばと祈りが重要です。今年も新年早々大きな地震が起こり、不安な年明けになりました。世界でも争いが一向に止まず、人間の知恵や努力ではどうにもならない現実を突きつけられ、多くの人は無力感で落胆しています。私たちも同様ですが、それでも失望しないで神様に祈ることができることは、大きな恵みで力になります。
クリスチャン生活に祈りは、必要不可欠です。祈りは「魂の呼吸」と言われ、祈ることで霊的な命が保たれます。しかし、時に私たちは祈らずに、自分の力で問題を解決しようと頑張ってしまい、窒息しそうになって、慌てて神に祈ることがあります。決して間違ってはいません。自分の努力も大切です。自分の限界を知り、全能の神にお委ねしましょう。
肉体の呼吸は誰でも自然にしていますが、魂の呼吸は違います。自分の意志で祈ると決め、実行しなければなりません。いつでもどこでも祈れる様に、学びと訓練も必要です。
祈りには、呼吸の他にもう一つ意味があります。祈りとは「神との会話と交わり」です。
この特権は、主イエスの十字架の贖いで神に罪を赦された者に、与えられています。イエスキリストの御名を通して祈るクリスチャンの祈りによって、神様と親しい交わり、深い祈りに導かれます。主イエスの十字架の死によって、私たちと神との隔ての壁(神殿の垂れ幕)が取り除かれました。ですから、私たちは大胆に恵みの座に近づけるのです。
そして、祈り合える仲間(祈りの友)を得て、充実した「祈りの生活」を送りましょう。
エフェソ6:18
「どのような時にも、霊に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」 アーメン