「新しく生まれ変わる」  森 史子牧師

                              

   創世記1章27節 / ヨハネによる福音書3章1~9節     2025年10月19日

ある夜、主イエスを訪ねて来たファリサイ派の議員のニコデモは、祭司でありユダヤ教の代表でした。主イエスは、彼が真理を探究する者であることをご存知でした。主イエスの行ったしるしを見たニコデモたちは、主イエスを「神のもとから来られた教師」だと言い、神が共におられると認識したのです。ニコデモの心には、永遠のいのちを得る方法を求める渇きが生じたと思われます。

主イエスはニコデモの思いに応え、はっきり誠実に教えておられます。 (ヨハネ3:3)   「人は、新たに生れなければ、神の国を見ることはできない」ニコデモにとって、理解し難い答えでした。ファリサイ派の教えでは、全てのユダヤ人は神の国に入ることができるからでした。 *「新たに」=「アノーセン」ギリシャ語:上からという意味もある。

主イエスは理解できず困惑するニコデモに、更に大切な真理を語られました。(ヨハネ3:5)「だれでも水と霊とによって生れなければ、神の国に入ることはできない」         <みことばと聖霊の働きによらなければ、人は新しくなれない>  イエスの真理(霊的世界)とニコデモの(肉的世界)が対立している。そして、決して交わることは無い。

ニコデモにとっては、主イエスの言葉を聞いた今、既に古い教えとなったユダヤ教祭司の教えを信じ続けるのか、選択を迫られるでしょう。 古いものから新しいものに・・・。肉の世界から霊の世界へ・・・。ボーンアゲインが必要なのです。

新たに生れ新生することは、イエス・キリストを信じ、心に受け入れた結果として生じます。努力して自分を変えようとするのではなく、上からの神の働きによって新しい者として作り変えられるのです。

神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。」(創世記1:27) 神は人間を特別に創ってくださった。霊を吹き込まれたので、私たちは神を認識でき、感じられ、愛することができる。それは、神が私たちを愛して創造されたからです。

・罪の赦し・神への信頼・救いの確信など、曖昧だと感じている方が居られたら、その方に聖霊の風が吹いてくださる様に、そして新たに新生されます様に心からお祈りします。

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